50代女性の転職体験談 |やりたいことはやってみる。何事もポジティブに捉えることが成功の秘訣
- 自分の相場を知る
- 公開日:2019年5月15日
ご主人と大学生の長女、そして高校生の長男とお住まいの津川さん(仮名)51歳。年齢を重ねていくと「仕事に就くのが難しい」という話を聞くことが多いものですが、津川さんは毎回希望の求人に採用されているそう。仕事探しや日頃意識していることについて伺いました。
この記事の目次
短大を卒業後、航空関連企業へ勤めるも、1年少しで転職
地元札幌の短大に進学した私。英文科を専攻していたこともあり、漠然と英語力の活かせる仕事に就きたいと考えていました。
スチュワーデス(CA)が女性の花形職種であった時代。航空会社の制服に身を包んで働くことへの憧れもあったため、グランドホステスなどの進路も検討しましたが、空港ではなく札幌の街で働ける航空会社の関連企業へ就職を決めました。
配属されたのは航空チケットの発券を行うチケットカウンター。よい職場環境にも恵まれ、充実した日々を過ごしていた、のですが、気になるところが一つ。
それは、シフト勤務だったということ。
航空券チケットを求めにくるのは土日が主。そのため、土日に休みを取ることは難しく、学生時代の友人達とも予定を合わせることは難しい状況でした。
そんなとき、何気なく新聞の求人欄を眺めていたところ、大手企業での事務仕事が募集されているのを発見。応募したところ、なんと内定を獲得。
とはいえ、現状の仕事にシフト勤務ということ以外は大きな不満もありません。多くの方から引き止めのお言葉をいただいたこともあり、退職には後ろめたさもありました。
しかし、思い切って転職に踏み切ることにしたのです。入社して1年3ヶ月が過ぎた頃のことでした。
様々な業務を担当することができた転職先。出産以降は専業主婦に。
転職先は大手の電機メーカー。そこで、販促・広報を担当する部署で事務職として配属されました。
その部署の役割は、自社の製品を使ってくれるユーザー企業に対して、より満足度を高められるようサポートを行うというものでした。
そのために、著名人から有益な情報を発信するイベントを開催したり、会報誌の発行をしたりと様々に活動。
私自身も各地のイベントへ参加したり、会報誌の文章を作成するなど、様々な役割を担当させていただくことに。前職とは異なる幅広い業務に携わることに対して、充実感を覚えていました。
そうして働きはじめて6年程が過ぎた頃に結婚。主人はすでに東京で勤務していたため、うしろ髪ひかれながらも退職を選択。東京へ移り住むようになりました。
東京へ来てからは派遣社員として働いたりするうちに、第一子を妊娠・出産。その翌年に第二子を授かりました。
出産当初は実家から両親が手伝いに来てくれましたが、帰ってからは周りに子供を預けられる相手もいない状況であったため、長く専業主婦として家に留まる生活が続きました。
第二子が中学校へ進学したタイミングで仕事復帰
「仕事に復帰しようかな」と考えたのは、震災の翌年のこと。44歳のときでした。
下の子も中学校へ進学。時間にゆとりができたと感じていた頃に、自宅近くで求人の張り紙を見たことがきっかけです。
その仕事は、大手不動産会社のマンションに住む住人のお困りごとに対応する電話窓口。家の修理やハウスクリーニングの相談から、レストランの予約など、様々なお困りごとに対応する仕事でした。
「自宅の近くに、新しいコールセンターができて、応募してみようかと思っている」と夫に伝えたところ、「いいんじゃない」との答えがあったので、応募したところ無事採用。
9時半から18時半までの時間帯で、週に4日の出勤。3ヶ月更新の契約社員として働くことになりました。
10年以上ブランクが空いての復帰だったため不安はありましたが、職場の人間関係も非常に良好。幅広い年齢層が在籍していたため、土日に休みたい人も平日に休みたい人も様々。シフトを融通しあって、働きやすい環境を作っていました。
オープニングスタッフだったため、みんな同じ時期から働き始めたことも関係するのかもしれません。仕事が終われば一緒に夜ご飯へ行くことなども。
退職した今でも、良好な関係は続いています。
受験のサポートをするために退職、そんなおりに気になる求人を発見
コールセンターの仕事に就いて5年ほど経った昨年。長女が高校3年生を迎え、大学受験を行うことに。しかし、残念ながら志望校の合格には至らず、浪人を選択することになったのです。
年齢的にも、状況的にもデリケートな時期。ならばできるだけ家に居るようにして、娘のサポートをしよう。そう考え、退職することを決めました。
会社に退職の意思を伝えたところ慰留されましたが、状況を理解していただき、契約満了で退職する運びとなりました。
それからは生活を家庭にシフト。娘が食べたいものがあれば作るなど、少しでもリラックスできる環境を心がけ、その甲斐あってか見事志望校への合格を果たしました。
未経験だけどやってみたい。出版社の求人に応募!
退職後、家庭で過ごす時間が増えましたが、家事ばかりしているわけではありません。一段落したら働きに出ることを想定していたため、失業給付の申請で定期的にハローワークへも通っていました。
その中で見つけたのが、「Webライター」の職業訓練コース。昔から、本を読むのも、文章を読み書きするのも好き。
「とはいえ、このようなスキルを求められる仕事なんてないよね。未経験だし、この年齢だし」という気持ちはありましたが、半ば興味本位で受講していました。
ところが、娘の試験が終わった時期、求人サイトを眺めていたところ、大手出版社で本の企画に関するアシスタント募集を発見。
「この仕事ならやってみたい」
「でも、未経験だし、応募倍率高そう...」
「でも、やってみたい!」
ということで応募したところ、なんと合格!
昔、仕事で会報誌の制作などに関わっていたことや、本好きなこと、ライター講座を受けていたことなどを含めて、自分のPRをしたことが良かったのかもしれません。
週に4日、12時から18時の時間帯でアルバイトとして働いています。
ポジティブな姿勢がこれまで実を結んできた。これからも何事にも挑戦していく
思えば、これまでも「受かる・受からない」という要素はあまり考えず、「自分がやってみたいこと」を見つけたら積極的に挑戦してきました。
コールセンターの仕事をしているとき、年配の方から「年を経て、仕事に就きにくくなってきた」という話を聞いたことはありますし、きっとそうなんだろうな、と思います。
だけど、一歩踏み出さないと仕事に就けないのであれば、私はやっぱり踏み出すほうを選びたい。
採用されずに傷つくかもしれないけれど、行動しなければ何も起こりません。自分の気持ちに素直になって行動したことが、出版社の仕事に就けたのだと思います。
働くことで、家庭にも好影響が生まれた
日頃もそうですが、仕事を探すようになって改めて感じたのは、少し照れくさいですが「夫への感謝」の気持ちですね。
夫が頑張って大黒柱を担ってくれているおかげで、私は収入面を深く気にせず、自分の興味ある仕事に取り組めている。そうして、その仕事に打ち込む私も理解してくれていることには感謝の気持ちでいっぱいです。
そう気づいてからは、夫を大切にする気持ちも強まりました。すると、夫婦仲が良いからでしょうか。家庭全体の雰囲気も良いものになったように思えます。
まとめ
これからも感謝の気持ちを忘れずに、仕事と家庭のよいバランスを保ち続けていきたいですね。
※年齢は2019年5月取材当時のものです