「年収103万円の壁」から「123万円」へ──税制改正がもたらす働き方の変化
- ちょっと得する知識
- 公開日:2025年8月22日
政府は「年収103万円の壁」を123万円へと引き上げ方針を示しました。「年収123万円の壁」になることで、私たちの生活にはどのような影響があるのでしょうか?控除額が引き上げられる背景やメリット・デメリットについても解説します。
「年収103万円の壁」は控除額123万円への引き上げへ
2024年12月20日、政府は令和7年税制改正大綱を決定し、「年収103万円の壁」について、123万円へ引き上げる方針を示しました。
そもそも「年収103万円の壁」は、所得税における基礎控除48万円と給与所得控除55万円の合計額を指します。つまり、103万円は控除額の合計から算出されている数字のことです。これにより、従来は年収103万円までは所得税が課されないという仕組みになっていました。
今回の見直しで、所得税の支払いが発生するボーダーラインが「103万円」から「123万円」に引上げられることになります。「年収103万円の壁」が123万円となることで、年収123万円までは所得税が非課税になるということです。
・年収103万円の壁の場合
= 基礎控除48万円 + 給与所得控除55万円
・年収123万円の壁の場合
= 基礎控除58万円 + 給与所得控除65万円
このように、年収123万円になることで基礎控除と給与控除共にそれぞれ10万円の枠組みで上方修正されることになりました。こちらは2025年の所得から適用される予定で、2025年分は年末調整などで対応されるとのことです。
しかしながら、今回の「年収103万円の壁」を123万円へ引き上げることで手取りが増えることは限定的であるという見方が多くなっています。例えば、3人世帯の場合(※正社員の世帯主、収入なしの配偶者、未成年の子ども)で考えてみると・・・
年収400万円の場合は年間およそ5,000円
年収600万円で年間およそ1万円
年収800万円での場合は年間約2万円
と、手取りが増加する試算となるといいます。
物価高の今、少しでも手取りが増えることは家計にとっては嬉しいことですが、数字的にみてもあまり手取りの増加を感じづらい金額に留まる結果だとわかってきています。
なお、学生世代の子がいる親が対象となる特定扶養控除は子の年収103万円までであった収入制限が150万円へ引き上げられます。これにより、子どもが主体的に働ける環境が整うとの期待が寄せられていますので、こちらは大幅な改革となりそうです。
データ元:厚生労働省「年収の壁について知ろう」、国税庁「所得税の税率」
「年収123万円の壁」に引き上げられた背景とは?
基礎控除と給与所得控除の合計額である「103万円」という金額は、1995年から変わっていませんでした。しかし、最低賃金の全国加重平均は611円から1,055円となり、約1.73倍に。それにもかかわらず、「103万円の壁」は変わらず同じままでしたので、私たちの家計には実質的な増税だったことになります。
また、昨今は世界情勢の著しい変化でのエネルギー問題や物価高の影響が家計への経済的負担を増加させています。このため、多くの家庭が家計をやりくる厳しさを感じるようになってきているのです。そのため、今回の123万円への控除額の引き上げは、家庭内の負担を軽減し、家計への経済的な余裕をもたらすことが期待されています。
そして、控除額を引き上げることで労働者の働く意欲を増やし、将来的な経済成長を見据えようという目的もあるといいます。なお、この引き上げで働き控えをなくすことにも繋がるのではないかと考えられています。現代の日本では人口減少や高齢化に伴い、人手不足が深刻化しています。
それなのに、「年収の壁」があるために働きたいと思っている方が働けないというパラドックス的な状況が生まれています。そのため、「年収の壁」を引き上げることで政府は働く意欲のある方の働き控えをなくすこと、人手不足の解消を行うことを目指しているのです。
いつから「年収123万円の壁」が導入される?
「年収123万円の壁」の引き上げは、令和7年分の所得から適用されることになっています。具体的には、所得税は令和7年分から適用され、住民税は令和8年分から適用されることに。所得税と住民税は、課税される時期に1年のタイムラグがありますのでこのようなスケジュール感となっています。
「年収103万円の壁」から「年収123万円の壁」でどのような影響がある?
年収の壁が103万円から123万円になることで私たちの生活にはどのような影響があるのでしょうか。
・働き控えを減らせ、労働意欲が増える
従来は控除内の枠で働きたいと考える人が働き控えをすることが少なくありませんでした。しかし、年収123万円の壁になり控除額が増えることで敢えてシフトを減らすなどすることなく、働き手の雇用機会の創出や収入増加へ繋がりやすくなるという訳です。
・人手不足の解消
年収の壁を考慮しなくてはならないが故に、これまでは思うように働けないという方もいました。しかし、年収の壁が引き上げられることで労働する側の時間的制限が緩和され、より流動的に働ける環境が創造されます。これにより、働き手が増えることで人手不足が解消されることが大いに期待されています。
・収入と消費の増加
年収の壁が引き上げることは、言い換えると働く時間を増やせるということです。そのため、実質的に家計の収入が増えることになります。物価高の中、控除額を気にしながらの働き方では満足な収入を得られなかった層も少なくありませんでした。ですから、単純に収入が増えた家庭が消費行動を積極的に行うことにも期待が寄せられています。
・特定扶養控除が引き上げられる
特定扶養控除は、19歳以上23歳未満の扶養親族(主に学生)を持つ世帯の税負担を軽減するための制度です。令和6年までは、所属税が課税されない扶養される子等の給与収入上限額が103万円に設定されていました。これにより若者がアルバイトの就業調整を行わざるを得ない状況が長らく続いていました。
今回の税制改正ではこの給与収入上限額を150万円に引き上げるといいますから、学生も働き控えをすることなく、収入を得ることができるようになるのです。
「年収123万円の壁」になると、どのようなメリットがあるのか?
「年収123万円の壁」になることで、どのようなメリットがあるのでしょうか。
・働く意欲が高まる
従来は年収103万円の壁を超えないように、働き方をセーブする人が多くいました。この働き控えが原因で労働力不足に陥っていたことが長年指摘されてきました。しかし、壁を引き上げることで労働者の働く意思を尊重し、働く機会を増やすことができるといいます。また、労働者全体の意欲向上にも繋がった結果、企業の生産性も向上することが期待されています。
・税負担の軽減
先ほども述べましたが年収103万円の壁は1995年から変更されていません。それに対し、昨今の物価上昇は歯止めがかからない現状があります。この状況下では税負担が家計をより圧迫していますし、壁を気にするが故にそもそも働くことができないといった手取り額が増えない要因に繋がってしまっているのも事実です。
そのような働くことの足かせになっている年収の壁を改めることで、手元に残るお金が増えれば貯蓄や消費に回すことができるとも言えそうです。
・学生も働ける環境が整う
これまでは学生も年収103万円の壁を気にしてアルバイトをしなければなりませんでした。これにより、自由に働ける時間や収入が決まってしまっていた背景があります。控除額が増えることで働く時間を以前より増やすことができるため、キャリアを積むために働いたり、家計の足しとして自らが働いたりすることが可能となるのです。
今後は、壁の上限を引き上げたことで長期休暇などを利用して、学生アルバイトが増えると予想されています。奨学金制度の返済などで社会に出ても生活が楽にならないという社会人にとっても、学生時代から働けることは大きなメリットになりそうです。
デメリットはあるのか?
では、反対にデメリットをみていきましょう。
・税負担増加の可能性
103万円の壁が廃止されれば、多くの人が働きやすくなるとされる一方、所得税や住民税の支払いが増加する可能性があります。また、扶養控除を受けていた世帯では、配偶者の収入が増えることで控除が適用されなくなった結果、世帯全体の税負担が増加する恐れも。
そして、控除を外れてしまったパートやアルバイトで働く主婦や学生たちにも税が課されることから、経済的負担を感じてしまうことも考えられるでしょう。
・手取り増加が見込めず、働く意欲が低下
収入が増加すると、社会保険料の負担が生じることも。壁の範囲内で働くことで社会保険料の支払いがなかった労働者にとって、収入が増えると年金や健康保険などの社会保険料の負担が増える可能性があります。
支払いが増加することにより、実際の手取り額が期待したほど増えない場合も考えられます。特に、パートタイムで働く人々にとっては、社会保険料の負担が重くのしかかってしまい、制度に反して労働意欲を削いでしまうという懸念もあるのです。
「年収の壁」の引き上げ、労働者の見解は?
年収の壁が引き上げられることで労働者はどのように感じているのでしょうか。
年収の壁の引き上げについての労働者の見解としては、調査結果のおよそ9割の方が「賛成」と答えているとのことです。
賛成側の意見としては「働き控えが発生して人手不足がとても辛い。現行の法律では誰も得をしない」といった意見や「物価も上がり、少しでも収入を増やさないと生活が厳しい」といったものがありました。
一方、否定派の意見としては「扶養内で働くということには事情がある。税金が多く引かれるようになると生活が苦しくなる」といった意見や「働き控えばかり話題になるが、色んな事情があって103万円までも働けない人もいることも、もっと理解してほしい」といった、意見が寄せられました。
反対意見があるものの、現状では年収の壁が引き上げられることで働く機会が増えることを良しとする労働者が多いことがわかりました。
データ元:エン・ジャパン株式会社「『年収の壁』に関する意識調査レポート」
まとめ
「年収103万円の壁」が2025年から「123万円」に引き上げられ、所得税が非課税となる年収の上限が拡大されます。これにより働き控えの緩和や人手不足の解消が期待される一方、手取りの増加は限定的との見方も。学生の特定扶養控除も150万円に拡大され、働きやすい環境整備が進むでしょう。