76歳からの新たなシゴトへの挑戦~人の心という"巨大プラント"へのチャレンジ~|人生100年時代のライフシフト

  • 100年時代のライフデザイン

82歳の今も現役で働き続けるキャリアコンサルタント、高田昌幸氏。ものづくりへの思いを原点に、世界各国の巨大プラント建設に携わっていたそうです。現在は、半世紀以上のエンジニア経験を武器に、若手エンジニア一人ひとりの人生設計と真摯に向き合っている、その歩みと哲学に迫ります。

PROFILE

高田昌幸(82歳)
株式会社アイ・ヒューマンサーチ キャリアコンサルタント

1943年、横浜市生まれ。中央大学理工学部卒業後、プラント大手C社に入社。アンモニア、尿素、肥料プラントのプロジェクトエンジニアを経て、プラント設計へ。南アフリカ、サウジアラビア、エジプト、ロンドンと、世界各地の巨大プラント建設に従事。56歳で定年後、電気大手に請われ、火力プラントのプロジェクトマネージャーとして76歳まで19年間の単身赴任生活を送る。同年より、現職アイ・ヒューマンサーチに参画。82歳の現在も、現役のキャリアコンサルタントとして若手エンジニアの育成と導きに心血を注ぐ。趣味は空手(週2回)とゴルフ。

空襲の記憶と、焼け跡から見上げた「エンジニア」という光

私の原風景は、戦後間もない横浜と川崎の焼け跡にあります。1943年に生まれ、幼少期は山梨県へ疎開。終戦を甲府の山あいで迎え、戻ってきた故郷は文字通りの「焼け野原」でした。食べるものさえ事欠き、市営住宅がようやく建ち始めた復興の黎明期。私はその混沌の中で、「物を作る力、仕組みを作る力が国を立て直すのだ」と子供ながらに肌で感じていました。

理系を志したのは必然だったのかもしれません。中央大学理工学部に進み、1966年、日本を代表するエンジニアリング会社であるプラント大手C社の門を叩きました。「自分の手で巨大なプラントを作りたい」――その一心で、私のエンジニア人生が幕を開けたのです。

"砂漠の熱風"と"ロンドンの霧"世界が私をプロフェッショナルに変えた

入社当初は肥料プラントの設計に携わり、20代後半からはコンプレッサーやタービンのスペシャリストとして世界中を飛び回りました。29歳で赴いた南アフリカ・ダーバンでの経験は鮮烈でした。アパルトヘイトの真っ只中、厳格な区分けに驚きながらも、石油プラントの拡張工事に没頭しました。

その後も、新婚早々に赴任したサウジアラビア、幼い子供たちを連れて挑んだエジプトのアレキサンドリア。そして30代後半にはロンドン拠点の調達マネージャーとしてヨーロッパ全土を奔走しました。

エンジニアリングの本質は、単に機械を据え付けることではありません。「設計・調達・建設」という膨大なプロセスを、文化も言語も異なる人々といかに統合し、一つのプラントとして動かすか。そこで得た「多様な人間を束ね、目的を完遂する」という無形資産こそが、今の私の根幹となっています。

56歳、定年という名の「第2の夜明け」と19年間の再成長

56歳でC社を定年退職した時、隠居という選択肢はありませんでした。大手総合電機メーカーH社から「海外火力プラントを任せられる人材がいないか」と請われ、茨城県の日立工場へ単身赴任を決めました。

驚いたのは、自社で物を作らない「エンジニアリング会社」と、物作りの牙城である「メーカー」の文化の違いです。当初、組織は私の思うようには動きませんでした。前職時代は当たり前だったサポート体制も、ここでは自分でゼロから構築しなければならなりません。

しかし、それが面白かったのです。不慣れな若手たちに、私が世界で培ったプロジェクトマネジメントの真髄を説き、一人ずつ動かしていく。結局、2、3年のつもりだった単身赴任は19年にも及びました。76歳まで、私は現場で「教えることで自らも学ぶ」という、更なる成長の実感を手に入れたのです。

76歳、未知なる「人の心」という巨大プラントへの挑戦

76歳でH社を退職。正直、金銭的な不自由はありませんでしたが、「頭を使わなければ健康を害する、何より社会との接点を失いたくない」と考えました。そこで出会ったのが、現在の人材紹介事業会社アイ・ヒューマンサーチです。

これまで「人を使う側」にいた私が、今度は「人を繋ぐ側」へ。人材紹介の実務は未経験、法律や事務作業も一からのスタートでした。しかし、不安よりも「お世話になったプラント業界に、良質な人材を還流させたい」という恩返しの気持ちが勝りました。

私の最大の武器は、50年の経験に裏打ちされた「エンジニアの目」です。経歴書の一行から、その人の苦労も、持つべきポテンシャルも、まるで設計図を見るように理解できるのです。

「音信不通」の悔しさと、人生の設計図を描く喜び

人材紹介の仕事は、決して楽ではありません。対象となる求職者の多くは若手人材です。残念ながら求職者の若い方の中には、面談を希望しながら突然連絡が途絶えてしまう方もいます。誠実に向き合おうとする身としては、正直に言えば寂しく、腹立たしく思うこともあります。

しかし、それを上回るやりがいがあります。私のレジュメを見た若手から「ぜひ高田さんの話を聞きたい、アドバイスが欲しい」と指名される瞬間です。私は単なる仕事の紹介はしません。「何のために転職するのか?」「10年後、どんなエンジニアになりたいのか?」と、彼らの「人生のライフプラン」を問いかけます。

目先の年収だけでなく、成長のシナリオを描かせる。一人の若者が、私の言葉に目を輝かせ、納得のいくキャリアへと踏み出していく姿を見るのは、巨大プラントを完成させた時とはまた違う、震えるような感動があります。

82歳、現役。学び続けることに終わりはない

私は今、82歳です。76歳から始めた空手で週に2回汗を流し、黒帯を獲得しました。そして、月に1回のゴルフを楽しみ、平日は若手エンジニア達の未来を支えています。

シニアの皆さんに伝えたいのは、「自分を使い切る」ことの尊さです。私にとって、人生100点満点のうち、今はまだ90点です。残りの10点は、これから出会う新しい知識や、若い世代との対話の中に隠れていると思っています。

日々新聞を読み、分からないことがあればメモをして調べる。当たり前の好奇心を持ち続けること。そして、誰かの役に立ち、社会に必要とされているという実感を持つこと。それが、私の「色ツヤ」の秘訣かもしれません。

命続く限り、私はエンジニアの伴走者であり続けたいと考えています。私のプラントエンジニアリングの旅は、形を変え、今もなお熱く続いているのです。

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