固定観念からの脱却。50歳を前に未経験の営業職への挑戦|人生100年時代のライフシフト

  • 100年時代のライフデザイン

数々の転機を乗り越え、48歳で営業職に挑戦した石井美樹子さん。「安定」から「自己実現」へと舵を切ったその勇気は、キャリアに悩む女性たちに大きなエールを送ります。固定観念を打ち破り、MVPを獲得するまでの軌跡と、未来への挑戦を伺いました。

PROFILE

石井 美樹子
東京都出身。短大卒業後自動車販売会社に就職。事務職を経て携帯販売事業部門の受付部門を担当後20代後半に結婚し夫の転勤に伴い青森へ。出産子育ての穏やかな日々を過ごすも一転離婚。

派遣スタッフとして金融機関として勤務しその後勤務先にて社員登用され求めていた「安定」を獲得。それもつかの間仕事内容へのもやもやから離職を決意。50歳を前に初めての「営業職」にチャレンジ。自分自身の固定概念を打ち破りMVPを受賞する等営業コンサルタントとして活躍中。

社会人デビューから結婚出産で退職へ:「下町の血」が流れる私の原点

東京の下町で自営業を営む実家で育ったことが、今の私のキャリア観の原点になっているのかもしれません。短大卒業後、最初に就職したのは日本有数の自動車販売の会社です。ここでは、経理や車両登録、保険手続きといった事務業務を約3年半担当しました。

その後、グループの携帯電話事業への事業拡大を受けその受付窓口に移り、お客様と直接向き合う仕事を経験しました。若くして、事務職としてのスキルと、受付としてのコミュニケーション能力を身につけた時期でした。

20代後半で結婚し、地方への転居を経験しました。それを機に出産子育てに専念する穏やかな日々を過ごしていましたが、どこか心の中では「このままでいいのだろうか」という思いもくすぶっていました。

そして、様々なずれや、もやもやの期間を経てついに、二人の幼い子どもを連れて実家に戻り、第二の人生が幕を開けたのです。

久々の仕事への復帰:「安定」を求めた大手金融機関での14年間

再スタートを切るにあたり、まず私が求めたのは「安定」でした。幼い子どもたちを育てるためには、手に職をつけ、安定した収入を得る必要があったのです。

数年のブランクがあったため、まずは半年かけてパソコンのMOS資格を取得。そこから派遣社員として、大手金融機関の世界に飛び込みました。最初に勤務した外資系銀行、そして合併後のメガバンクの関連会社で、私はひたすら事務処理能力を高めました。

「これで大丈夫、子どもたちを育てられる」という安心感はありました。努力が実を結び、40歳前後で社員登用という機会を得て、さらに安定した環境で働くことになったのです。この会社で私は14年間、真面目に働き続けました。生活のために安定を掴み取ったことは、私にとって大きな自信でした。

大手特有の風土へのジレンマから退職:「私」という存在はここで終わりたくない

一方、安定した毎日の中で、次第に満たされない思いも膨らんでいきました。長年勤めた大手金融機関は、分業体制が確立され、業務フローがしっかり決まっています。「これはあなたの仕事、これは私の仕事」という線引きが明確で、私自身の意見や改善提案はなかなか上に届かない。

何年も同じ場所で同じことを繰り返すうちに、「ただ言われたことだけをこなす自分」に疑問を感じ始めたのです。「現場でこうすればもっと効率的になるのに」「私はこういう分野にも興味があるから、異動してチャレンジをしたい」と訴えたこともありました。

しかし、大きな組織の壁は分厚く、私の想いが叶うことはありませんでした。子どもも大きくなり、私は「安定」よりも「自己実現」を求めたい。「このまま、誰かの歯車として終わるのは絶対に嫌だ」という熱い感情が、私の心を突き動かし始めました。

「私の人生は、ただの事務作業で終わるわけにはいかない」そう決意した私は、48歳を目前に、長年勤めた安定の象徴とも言える会社を辞め、新たな活路を探し始めたのです

インプレックスとの運命の出会いと初めての営業職への挑戦:「無理だと思っていた」私を変えた出会い

転職活動を始めた時、私は営業など「自分には合わない」と決めつけ、再び事務職を探していました。しかし、元同僚の紹介でインプレックスという営業コンサルティング企業に出会ったことが、私の運命を大きく変えました。

まず初めて会ったインプレックスの社員の方々、そして経営陣の「熱量」に圧倒されました。前の会社とは全く違う、誰もが会社を良くしよう、プロジェクトを成功させようと、生き生きと前のめりに働いている姿がそこにはありました。

「こんなにもモチベーションが高く、エネルギーに満ちた場所があるのか!」 経営者の熱意に触れ、ここでなら自分を変えられるかもしれない、新しい自分を見つけられるかもしれないと感じました。自分自身が避けてきた分野でしたが、この熱い仲間と働くならと覚悟を決め、未経験の営業コンサルティングの世界へ飛び込むことを決意したのです。

入社後の1年間は営業サポートの事務職としてスタートしましたが、現場の活気を目の当たりにするうちに、「やっぱり、私も現場に行きたい。結果が目に見える仕事がしたい!」と私の心は決まりました。

最初は、現場を知るためにと期間限定のテレアポ体験をさせてもらいましたが、結果は散々。ろくにアポも取れず、不甲斐ない自分に深く落ち込みました。しかし、この時の「何もできなかった悔しさ」が、その後の私の挑戦のエンジンになったのです。

熱い仲間たちとのプロジェクトで仕事の喜びを実感:「悔しさ」をバネに掴んだMVP賞

不完全燃焼のままサポート職に戻った私に、上長が声をかけてくれました。新しいプロジェクトの立ち上げメンバーとして、再び営業のチャンスを与えてくれたのです。「正直、最初は嫌いな電話業務だし、また結果が出せないかも」という不安もありました。

それでも、「あの時の悔しさを晴らしたい。一度やると決めたからには、絶対に結果を出す」という意地で飛び込みました。プロジェクトはゼロからのスタート。マネージャーと三人で夜遅くまでトークスクリプトを作成し、試行錯誤する毎日でした。

特に難しかったのは、単なる事務的な電話ではなく、お客様の状況を深く理解し、「いつ、どうすれば、行動を起こしてもらえるか」を約束として勝ち取ること。初めのうちは相手の思いに寄り添いすぎて「申し訳ありません」「また連絡します」で終わっていました。

マネージャーはそんな私の姿を見て「必ず次回の約束の日を区切りなさい」「相手の心の奥にある言葉を聞きなさい」と指導してくれました。私はその教えを素直に実践しました。電話の向こうの相手の事情を汲み取りながらも、引くところと押すところを見極めて提案をする。

それはまさに、私の中に眠っていたコミュニケーション能力と商売人の血が目覚めた瞬間でした。元々事務職ですから、タスク・進捗管理、期日までに求められる段階まで物事を整えていくことは得意です。その経験も最大限活用した結果、わずか3ヶ月のプロジェクトで、私は目覚ましい成果を上げ、なんと月間MVP賞を受賞することができたのです。

「嘘でしょ!? こんな私が?」自分が一番驚きましたが、初めて手にした営業の成果は、事務職では決して味わえなかった目に見える達成感でした。結果を出せた喜びと、それを可能にしてくれた熱い仲間たちへの感謝で胸がいっぱいになりました。

プロジェクト経験と共に蓄積された営業スキルとやりがいの実感:徳島の頑固な?オーナーとのドラマ

立ち上げプロジェクトでの成功や受賞は、私に大きな自信を与えてくれました。次に携わったのは、デリバリーサービスのコンサルティング業務。初めてデリバリー展開を始める店舗の販売促進をサポートする仕事です。これが、私のキャリアのハイライトとなりました。

特に思い出深いのが、徳島県の海鮮料理店のオーナーとの仕事です。彼は長年の経験から高いプライドをお持ちで、私の提案に全く耳を貸してくれない頑固な面をお持ちの方でした。約束の時間に少しでも遅れようものなら大声で怒鳴られるような、非常に厳しいお客様でした。

しかし、私は諦めませんでした。オーナーの「売り上げを上げたい」という本心に寄り添い、粘り強く対話を続けました。電話をする前に、サービスの利用状況や競合店の状況を徹底的にリサーチし、「写真」「店名」「メニュー構成」という売れない3つの壁を突き崩すための戦略を練りました。

「一品料理の写真だけではなく、見栄えの良い盛り合わせを」「店名に"海鮮料理"というキーワードを入れましょう」「5品しかなかったメニューを10品以上に増やしましょう!」 何度も提案を重ね、時にはオーナーの個人的な相談にも乗るうち、単なる仕事の枠を超えた信頼関係を築くことができました。

そして、オーナーが私の提案を採用し、メニューを刷新した結果、目に見えて注文が増え始めたのです。オーナーから「君に任せてよかった」「ありがとう」と言葉をいただいた時、私の胸は震えました。

「これだ! 私が求めていたのは、この仕事だ!」かつて下町の実家で商売を見て育った私が、今度は地方で頑張る店舗さんを、自分の知恵とスキルで支えることができている。これは、安定した大手企業では決して得られなかった究極の自己肯定感でした。

未来に向けた想い:「固定観念」を打ち破り、次のステージへ

現在、私はコンサルティング業務を経て、新規出店の純粋な営業(契約獲得)のポジションに挑戦しています。48歳で営業デビューを果たし、50歳を迎えた今でも新たなスキルを積み重ねていることに、心からワクワクしています。

インプレックスでの経験は、私の中にあった「事務職しかできない」「営業は無理」という固定観念を完全に打ち破ってくれました。私が得た最大の宝は、熱い仲間たちと、そして何よりも「私には無限の可能性がある」という自信です。

今後の目標は二つあります。一つは、この会社でさらにステップアップし、若い世代を育てられるマネージャーになること。そしてもう一つは、60代、70代になった時、海外に出て日本のビジネスを広げたり、若い頃からの夢だった自分のお店を持つことです。大好きなサーフィンでももっと大きな波への挑戦も続けていきます。

見えない未来に不安を感じている方、指示されたこなす仕事にモヤモヤしている方、年齢が理由で新しいチャレンジを迷っている女性等の皆様に伝えたい。いつからでも人は変われますし、挑戦できると思います。私のように事務職から営業職にキャリアチェンジもできるんです。

やってみようと思う気持ちが大切ですよね。「私にはできない」と思い込まず、熱意を持って飛び込めば、必ず新しい自分、本当に生き生きとした自分に出会えます。私はこれからも、インプレックスという最高の舞台で、私の人生をさらにドラマチックにして楽しんでいきたいと思っています。

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